福岡、なぜか毎年のように行く機会がある。
福岡、なぜか毎年のように行く機会がある。
無限鼻水で鼻が詰んでる。思考が持続できない。
ポケットティッシュ1個を移動中だけで使い果たした。先が思いやられる。
雪国(?)へ行く服装がわからなすぎる。
情勢的に、国際スポーツ大会に興じる気分にはなれていない、まあ普段から国際スポーツ大会には興じていないのだけど。直視すると変わるというものでもなくて、心の健康的には逃避先があった方が良いかもしれない。
申請書作文は案外楽しかったのと、研究費獲得能力が無ではないことを確認できたので良かった。
ありがとうございます!
採択の模様
平坦な道を自転車で走っていると、どこまででも行けそうな気がしてきて、時間や諸都合が許すならば数日かけて隣の地方あたりまで繰り出したくもなる。が、現実は単純で、この肉体では往復40kmで脚が限界を迎える。
本当は1本と言わず4本出したいのだけど。
NLPまでに論文1本書けるかチャレンジ。
生きづらさの単調増加みが予想を超える速さで現実化していく。研究の構想だけは不連続的に進捗した日だった。
休日査読、余暇を費やして正の進捗を得るのではなく、負の進捗の絶対値が減るだけというのか悲しいところ。
そろそろ成仏させたいテーマ3件、投稿先候補の締切がいずれも3月で、この期間で三兎を追うのはさすがに無理がある。
NLP主著投稿を継続したがまだ4年目と歴史が浅い。それ以前の暫くの期間は国内学会に出す発想がなかったというか、社D取得等の目標に対して業績にならない活動は頭になかった。
さて、無限問合せ対応編へ…。
主著は余裕を持って終わったが、共著のサポートでギリギリまで格闘することになりそう。
「布団を着る」を初めて聞いたのがアラサー頃だったが、生活系方言語彙は友人・同僚等から聞く機会が少なく、家庭や地域で保存・継承されやすいのか。
論文を書いていると、論文は書ける。予算申請書も、数か月前に書いたのでたぶんまた書けるだろう。メールや、報告書の類などは勿論、それぞれの頻度で必要に迫られる度に書くわけだが。それらではない文章、例えば、第三者が読むにそれなりに耐え得るブログ記事を書こうと思ったが、内容が決まった上でも、これがそれほどスムーズに書けない。140字かそこらの雑文をたまに書く行為は、何の役にも立たないようだ。書いていないものは簡単には書けない。
複数の研究助成に応募するときの課題の分け方がわからない。複数に採択されることは全く考えずにがっつり重ならせるか…?
(「得るだけのための」では?)
まとまったテーマでの言語景観事例の物量がすごい。言語景観を得るためだけの旅がしたくなった。
ところでこれは、万博の禁止看板からの連想で思い出した、同看板とはまた違った迫力を感じたハンドメイド禁止看板(奈良県田原本町)。
Linkedinアカウントがあることで得ている今のところの恩恵、自分のプロフィール欄で、組織所属年数・月数を一目瞭然でわかる形で教えてくれる、くらいか。(フォロワ氏にはちゃんとソーシャル投稿プラットフォームとして使っている人もいる模様)
路線変更して、NLP主著投稿年数を伸ばすことにした。
いつの間にやらクリスマス業務の締切も近い…。
土日に学会があると12連勤が発生するので体力がアレ(深く考えずに離れた日に代休を入れた)。間で半休を取ろうかと思ったが休む間もないまま連勤が終わりそう。ファミリー休日(普通の土日)は強制的に頭を休める時間になるので普段はそれでバランスが取れているようだ。
1億円と引き換えに退職、(1億円が紙切れになる可能性を案じるとというのもあるかもしれないが)魅力を感じないな。自分の仕事の一部を移譲できるまたは自分と違う専門性を有する技術員の雇用財源を貰って退職しない、とかの方が魅力的。
動物倫理学という考え方、「一石二鳥」なども非倫理的表現とされるとなかなか厳しい。
駅前に丸善があったので出張中に爆買ってしまった。
HeySayJUMPを舐めすぎた。新幹線自由席通路立ちの身。