うーいえー!
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じゃあオケのアクセルと歌詞のブレーキの綱引きの何がいいのか。それは、「正しさに飛びつかない構え」がそこにあるからだ。曲に対して歌詞が足りないなら、歌詞の方でちょっと足してやればいい、オケの方でちょっと切り詰めてやればいい、というのが「正しさ」だ。この歌はそうしなかった。いい曲ができて、いい歌詞ができて、それをマッチングさせた時に多少の歪みが生じたときに、それでいいじゃないか、とこの歌は歪みを受け入れた。整形されないままの、ナチュラルでワイルドな曲と歌詞がそのまま搭載された。正しさのために失われる何かを守ろうとした。僕はその構えをロックンロールと呼ぶ。
この曲を聴いて「お、他と違うぞ」と感じたのは、(特にAメロBメロの)オケに対するメロディの音符の少なさについてであり、そのメロディの音符の少なさに対して歌詞の音数が更に少ないことについてだ。この曲にはもっとメロディも歌詞も詰め込む余裕がある。オケの、特にドラムスの駆動感によるアクセルと、歌の「急がないスタンス」によるブレーキの綱引きがあり、その中間で曲が進行していく。ここに、僕の好きなロックンロールというものが詰まっている。以下もう少し詳しく書こう。
裸足じゃイラレナイを聴いた。アイマス曲で初めて僕の音楽的好みにジャストヒットした曲も知れない。僕はロックンロールの子なので、この曲の何に良さを感じたかを考えることで「ロックンロールとは何か」の個人的定義を深められるかも知れない。以下具体的に考えていく。
dye the sky2023を聴いた。この数年間で彼女たちがどのように変わったか全く感じ取ることができなかった。ということは「こっち」の方向には歩を進めなかったということなんだろうと思った。
シャイノグラフィ2023を聴いた。僕が観測していなかった数年間で、彼女たちがどのような経験を得て、どのように輪郭を変え、どのような変質を遂げていたかをかなりはっきりと認識することができた。数年前と見比べて深まった色とあまり変わらなかった色があったということだ。