「微笑ましい」だとそんなことないんだよなー。距離感の問題かな。でも根底にはミソジニーぽいものがある気がすンだよな。こーいうときの向き合い方がわからん。
「微笑ましい」だとそんなことないんだよなー。距離感の問題かな。でも根底にはミソジニーぽいものがある気がすンだよな。こーいうときの向き合い方がわからん。
なんで自分が「ほっこり」という言葉に嫌悪感を抱くのか自分自身でもわからん。ミソジニーかもしれない。わからん。
> 僕の頭の中には今でも大熊町の双葉病院の駐車場に無数に散乱したストレッチャーの光景が鮮明に残ってます。その光景を見ただけで、放射能と言う目に見えない凄まじい恐怖と戦いながら、一刻を争い、慌てふためきながら、命を救うべき人達と、このまま死にたくないと思う患者の人達の姿が浮かびました…
x.com/happy11311/s...
世界保健機関(WHO)は10日、イランの石油施設への攻撃後に発生した「黒い雨」や大気中に放出された有毒物質が呼吸器系疾患を引き起こす恐れがあると警告し、国民に屋内にとどまるよう求めるイラン政府の勧告を支持した。 bit.ly/4s0JUXz
3月11日(水)1:00〜2:30(10日深夜)
ETV特集
「原発事故“最悪のシナリオ”〜そのとき誰が命を懸けるのか〜」Eテレ
www.web.nhk/tv/an/etv21c...
原発事故は、最悪の場合、この国にどんな事態をもたらすのか。その時、何をなすべきかー。東京電力福島第一原発事故発生直後から官邸や米軍、自衛隊などが、それぞれ極秘裏に「最悪のシナリオ」の作成に着手していた。番組では、菅元首相、北澤元防衛相など総勢100名以上に独自取材。浮かび上がってきたのは、「誰が命を懸けて原発の暴走を止めるのか」という究極の問いだった。2021年初回放送のスクープドキュメント。
語り:渡邊佐和子
One of two ballistic missiles was intercepted in Amman, Jordan, before managing to enter Israeli territory
A likely direct fall in Jerusalem
Areas with missiles
#BREAKING | New wave of Iranian missiles launched toward central occupied Palestine.
作品が、作者本人すら意図せず、つまり書き手を超越して未来の現実とシンクロしてしまうということがあり、それがおれの作品で起きている…。
THIS IS THE END NOW 1983 | 東京ニトロ www.pixiv.net/novel/show.p...
インターネットでお説教するおじさんにはなりたくない
インターネットでお説教するおじさんにはなりたくないね
(グリーンデイ)
インターネットでお説教してくるおじさんのお説教を聞いても得になることはまずないので、若者は、インターネットでお説教してくるおじさんからは離れてね…🥹
中国南方航空でもらったインフルエンサーの水まだ開けてません
日弁連がスパイ防止法に関する意見書を提出しました。
スパイ防止法は、スパイ以外も監視の対象になります。
なぜなら、スパイは「ぼくはスパイです」という名札をつけて歩いているわけでないからです。我々市民のふりをして諜報活動をしています。
そのため、スパイを監視しようとすると、我々市民も監視の対象になってしまうのです。
スパイ防止法は必要性自体疑問がありますし、制定するにしても、監視を行う権力側を抑制する機能を作らなければ、私たち市民の日常生活が監視下に置かれ、抑圧されることになります。
今の日本政府の監視を受けながら生活したいですか?
www.ben54.jp/news/3258
#平和憲法を守る0310
良かったところのメモです
憲法学者の清水雅彦氏「今回の選挙で改憲勢力3/4を越えて絶望的な気持ちになっている人がいるかもしれませんが、政治は国会だけで決まるわけではありません。安倍政権でも衆参両院で改憲勢力2/3を越えましたが、憲法改正の発議はできませんでした。国民投票をやって勝てる自信がなかったからです。国会外の運動によって、国民投票で勝てない状況を作ったわけです。改憲勢力が多数でも、国会外での運動を大きくすれば憲法改正の発議はできません。ぜひ継続的にこのような取組を大きくしていこうではありませんか」
www.youtube.com/live/dtNT0E-...
この前ガザの写真展を見に行った東京大空襲・戦災資料センターにて
日本国の主権者です 了承してませんふざけんな
ちなみに、「総合的な学習の時間」のモデル発表会は東京ニトロの実体験も含まれていて、あれは良い経験だったな~という面と、おいこら!という面の両方がありました(作品には「おいこら!」の面が一部書かれている)。あとパソコンとかイントラネットとかMIDIとか廊下の防空壕とかの環境面も、モデルとなった母校に対してけっこう忠実に書きました。
作品の舞台となった1997年は金融危機の始まりの年でもあり、今の日本の経済的没落の助走のような社会状況だった一方で、戦争経験者がまだ60代や70代で、元気だった年でもあった。今、インターネットで戦時の体験談を調べると、やはりヒットするのは素のhtmlで書かれた古いサイトだったりする。おれたち【大人】が、大人として責任を果たす、つまり、子どもたちに「犠牲になってくれてありがとう」などと言わないためにどうすればいいのかは、常に考えていきたいと思っている。
それでも書かなければいけないと思ったのは、政治家の靖国参拝に見られるような【わたしたちのために犠牲になってくれて"ありがとう"】ということばを、権力者の側が恥ずかしげもなく使っていること、"ありがとう"といえば何をしても(させても)許されるという理屈が、太平洋戦争の特攻隊から、平成の大衆居酒屋チェーンのようなハラスメント的な社員教育まで続いてしまっていること、そして先月亡くなった祖母が、それこそ90年代の子どもだったじぶんに、あの空襲のことを、そうすることが義務であるように語っていたからだった。そして、それらに対するカウンターとして、あの有名な山一證券の社長の会見が、この作品には出てくるのだ。
『総合的な学習の時間(1997+α)』は、東京ニトロが初めて日本の「戦争」について書いた作品で、発表から1年近く経った今でも揺らいでいる部分がある。物語をつくるにあたって、過去に実在した悲劇や加害行為を"素材"として利用してしまっているのではないか?とか、じぶんにこれを書く権利があったのか?とか…
きょうデモ行きたかったな!でも労働だったので残念
A cartoon from the 1950’s that’s more relevant than ever 💔
ずっと中東行き来してるジャーナリストにパレスチナの話を聞いた時に、そこで起こっていることは「虐殺」とか「民族浄化」とか、既存の言葉では言い表せない、よりひどいものだ。
言い表す言葉がない、って繰り返し聞いてな。
それを考え続けて途方に暮れている。
なんか「戦争のやり方」ってのがガラリと変わったな。
一般市民を巻き込まないとかこどもを標的にしてはいけないとか、国際法と逆のことやってんね。
真っ先に弱いとこタゲるようになってるじゃないの。
こども殺してインフラ潰して医者記者身動き取れなくしてな。
スゲェな。これ戦争って呼んでいいのか?
ただのルールなき暴力じゃないのか。
誰が裁くんだよこの状態を。