ここには過去だけがあって、それが全て。
ここには過去だけがあって、それが全て。
しんど。
やー予定調和っちゃあそうなんですけど、分かっててもつらい。
え、このまま年を越せと?
なんとなーく分かっちゃいたけども、やっぱキツいなぁ……。
「小説を書き切るためには3ヶ月以内に書け(それ以降は飽きるから)」というアドバイスがありますけども、私はプロットを一年くらい温めてるのでもうダメかもしれない。
本を一気に読んで日常に帰ると全てがその世界観で解釈されるし、映画を観て日常に帰ると映画の続きを生きてるような気がするし、ゲームをやりこんでから日常に帰ると視野の移動に違和感を覚える。
iOS版のロゴが変わってる。
小説→ずっと書いてる
イラスト→大学生のころやめた
作曲→よく分からなくて1曲だけ作ってやめた、でも未だに未練があってちょくちょくmidiキーボードと戯れている
ドット絵→マイクラのmodを作るために練習、今でもたまに描く
動画→最近やってる、今のところ楽しい
職業が物書きでないだけで、小説自体はいつでも書いてるんですよね。問題は一向に上達する気配がないことですが。
初めて小説を書いたのが20年前の2月なので、物書き見習い20周年でもあるんですよね。そろそろ見習いの肩書きを外したいところですが、物書きの称号ごと取れちゃいそうなので……。
久入すいう、人工言語作り始めてから20年になるらしいですね。
スマホの充電がなかったら外食の注文も決済もできないのに、肝心のモバイルバッテリーは発火の危険があるって、もうどうしようもない。
片方にだけ採用するのはもったいないし、両方に採用するとくどい。そんな具合。
創作の世界観を練ってるのですが、絶対両立しない二つの要素が一つの魅力的な要素にくっついててもどかしい。
タイムマシンで過去に行く研究をしたとして、飛ばされた本人以外に成功を判定できる人はいるんですかね。
最近「よさみがある」みたいな「〜み」の用法をしばらく見てない気がする。
てか急に秋になり過ぎじゃないですか、令和は季節もデジタルなのか?
創作用のメモ帳に「生放送に火を通す」ってのがあったんですけど、今の私は、ここから何を得よと?
自然言語の文章の変数に、とりあえずnullをぶち込んでみるのやめましょうよ。
そういえばこないだ、CPUについての本で「NOTゲートを奇数個リング状に繋ぐとクロック回路になる(リングオシレータ)」という話を読んで実際にマイクラの赤石回路で再現してみたらちゃんとクロックになったので感動したんですけど、ちょっと旬を過ぎてしまった。
行った大学で何か自分の本質が変わるわけでもないと思うのだが、無意識はそこまで吹っ切れてはいないようだ。
なんなら高校の時の担任がが「高校」受験の案内をする夢を見たこともある。
今でも大学入試に失敗した夢を見る。
普段Xばっかり見てるけど、不意にここに来たくなるときがある。
寒いのでおふとんを出してきました。
喋りたいことは特にないとはいえ、喋れないとなるとそれはそれで寂しいものがある。
架空惑星の形を、地球に似せればオリジナリティがないと言われ、地球からかけ離せばリアリティがないと言われ……。
このテレビで大相撲中継を観ました。正直画面のキレイさはよく分からなかったけどチャンネルを切り替えなくていいのはラク。
漢文を日本語の音読みで読んだら何語扱いになるのかとか、中国語母語話者が聞いてどのくらい理解できるのか、とかがたまに気になる。