ピクサー幹部が、今後はLGBTQをテーマにしないと明言したそう。こっちも商売でやってんだよと言う事なのだろうけど「私たちは映画を作っているのであり、何億ドルもかけてセラピーを行っているわけではありません」という物言いは、凄いというか正直というかね…
hollywoodreporter.jp/news/182202/
ピクサー幹部が、今後はLGBTQをテーマにしないと明言したそう。こっちも商売でやってんだよと言う事なのだろうけど「私たちは映画を作っているのであり、何億ドルもかけてセラピーを行っているわけではありません」という物言いは、凄いというか正直というかね…
hollywoodreporter.jp/news/182202/
多くの人は共感してくれないと思いますが、
私は働かなくても生きていける国になれば全然良いとおもっています。
その上で働かなくても生きていけるけど、それでも働きたいと思える国、
働いたらもっと人生が豊かになる国になれば良いだけだと思っています。
そのためには労働の概念を再定義しなければいけません。
どんな仕事にも、誇りと尊厳があります。たとえそれが家事手伝いであってもです。少なくともその事にみんな気づくべきです。
自分の社会的な立場を利用してエグイ犯罪かましてた漫画家の商業復帰が困難なのはそりゃ横領かました銀行行員や飲酒運転かました職業ドライバーが同じ職に戻るのは著しく困難(事実上不可能)なのと同じやろとしか思わんのよなぁ
あるいはピンカーの理屈ではエプスタインも権力者たちを繋げて平和な関係を築いたのだから悪いことではないのかもしれない
(追記)
ここまでスティーブン・ピンカーの「知識人としての問題」の側面を書いてきましたが、もっと低劣な話もあります。
ピンカー発言(Guardian紙インタビューより孫引き)
「今どきウディ・アレンの名前を出しても大丈夫か? 出してもいいと思う。何しろ彼はおそらく無実だったから」
(ウディ・アレンは1992年に性虐待疑惑が報じられた。エプスタインと親交があり、プライベートジェットに乗っている写真もある。「無実」はかなりバイアスが強い意見といえる)
またピンカー本人もエプスタインと親交があり、プライベートジェット「ロリータ・エクスプレス」に乗っているビデオが見つかっている。
ピンカーは博覧強記の才人みたいにもてはやされてるけど、思想以前に恣意的な引用で批判するようなクソだよって昔から言ってたんだけどごく一部の人にしか理解してもらえなかった…
時事関係含めあらゆることをギャンブル対象にしているポリマーケットでは「アメリカがいつイラン攻撃をするか」ってのが賭け対象になってて、ベット総額が825億円に上っていたらしい。トランプ含めその周辺で金ぶち込んでた人も多いだろう。究極のマッチポンプ。
続)「隙あらば自分語り」という言い方についても、私は広大なインターネット空間の中でとくにオタク的消費の方角から初めて聞いた。より深く掘り下げていくと、もはや「自分」の存在をいっさい認めたくない、「自分」(の欲望や感情)を「自分」(だけのもの)と認めている他者まで許せない、といった負のバイブスに行き着く。怖いくらいである。私も熱狂の渦の中に身を置きたいファンだから現場での「我を忘れる」「一つに溶け込む」あの感じは大好きなのだが、終演後に「個」に戻ったときそれについて改めて語り直そうとすると、急に口を塞がれたりする、ことがある。社会生活に戻ってもファンダムの中に溶けたままでいたい、という人たちに。
これはその通りだと思う一方で、件の作家がフェミニズムに敵対的な作風だったかと言えば決してそんなことはなく、女性ならではの苦しみや反ルッキズムの観点もしっかり取り入れられていたように思うんですよ
(だから余計にあれやこれは何だったのか、信じても尊重してもいないことをもっともらしく書いてたのか、自分の行いだけ棚に上げていたのかと悲しくなる訳で)
常々思うのは(ネットでは不評だろうが)、かわいい女の子が出てきたり、際どい性描写があったりするフィクションを作ったり愛好したりする人ほど、真面目にフェミニズムを学んだほうがいいのではないかということだ。
他のジャンルに比べても、最低限のフェミニズム的な価値観や思想体系をインストールしてなかった場合のダメージが桁違いなのではないか、と色々な事象を見ていても思ってしまう。
恐縮ながらこのジャンルの方は、ネットの反動的な潮流もあり、うっすらフェミニズムを嫌悪・侮蔑したりしてるのがデフォルトな人も少なくないように思えるが、一切ワクチンを打たずに病原菌がウヨウヨしている地帯を探索するようなものだと思う。
初対面の人に「高市さんになったらなんでもすぐに決まって世の中が明るくなったわー。石破さんじゃ全然ダメ」と言われて、この人がこんなに気軽に政治的意見を表明して、それが当たり前みたいな顔するなら、私も「タムトモが総理の国に住みたいわー。みんなもそう思うよね!」とか言ってもいいのではないか、と思ったりした。
極右がブイブイ言わせるバックラッシュ時代として、ここ最近が定義されるのは、ある程度コンセンサスかと思うが、もう少し近未来から振り返ると、より正確には、「じゃあお前らがやれ」とバトンを渡された極右が、普通に失敗した時代として定義されるのではないか、と正直いえば思っている。
トランプ関税を見てても、ICEを見てても、戒厳令を見ててもそう思う。日本も国内は知らんが、外から客観的に見たらそう定義される見込みが高い気がする。
世界各地で排外主義の波にのって「俺らがやってやんよ」感を出すのだけは上手いけど、実際は何も上手くいってない。
極右が調子にのり、失敗し、その後どうするか人類、という話をもうすべき。
ニーアオートマータ遊びながらグチグチ言ってたやつ
性犯罪は愛おしい対象への情念断ちがたい性欲によってではなく、征服欲や支配欲によって引き起こされることも多い。卑近な例では痴漢が捕まって「誰がこんなブスに」と逆ギレするようなケースが挙げられる…と最近ではよく言われるが、この手の事件に関わるセレブは、隠し持った小児性愛の欲望をポルノでこそこそ発散させてきたような筋金入りは少数派で、「他人の人権を蹂躙できる自分のパワーを確認して気持ちよくなりたい」という動機の方が強いのではと私は考えています
規制の違いに原因を求める前にまず「エプスタイン島のようなセレブたち向けの小児性愛斡旋は日本では起きていない」という前提が間違っていて、日本にはプチエンジェル事件がありますからね
西方諸国がエロ文化を規制し続けたから某島が生まれたんだ!エロ規制が緩い日本は間違ってなかった!
というポストを見ながら、 R-18なら無修正な米国のエロと、 R-18でもモザイク必須な日本のエロを思い出すなどした。エロの規制の緩さとは。
西洋諸国が規制しようとしているのはエロ文化じゃなくて、未成年者を性の対象にする事とその表現だと思うんだけどなー…_(:3」∠)_
そして強くそういった規制がされていない日本でも未成年者が犠牲になる性犯罪が連日報道されている訳で。
もうこれ規制でどうにかなる問題でなく、各々の国の価値観や教育から取り組まなきゃならん話なのでは。
『ジークアクス』が、シャア・アズナブルが思い悩み戦うのをやめてララァと幸せになる、というエンディングを描いたのを、「それは『ハサウェイ』のタクシーの運ちゃん理論をなぞるだけの利己主義的な帰結ではないか?」と訝しんでいたが、そもそも映画『ハサウェイ』シリーズ自体に「身内も自分自身も苦しめる大義なんてむなしい」という利己主義に傾いたオーラが若干ある
観客が悪いわけでもないというか、映画『キルケーの魔女』自体がその通り、「これは不相応な使命に苦しんで過ちを犯す男のメンタルヘルスの物語です」と解釈して構成していると思うんですよね ハサウェイが服薬を欠いている描写は原作の「第二次ネオジオン戦争後ハサウェイは鬱病を患っていた」から拡大解釈したアニメ・オリジナルだし、ケリアやブライトの幸福な生活が使命に邁進するハサウェイの二重生活によって壊されてしまう罪悪感もアニメではずっと煽られている
ごくごく当たり前のリスクを指摘されたときに「頑張ろうとしているんだから暗い話はやめてください」と答える人がトップのプロジェクトを何度も経験したけど、すべて凄い終わり方をした。その古傷が疼く今日この頃である
高市早苗のドラム外交で「シャッグスみたい」というコメントが散見され、シャッグスというバンド?を調べたらかなりすさまじかった かいつまんで言うと「占い師の祖母によるデタラメな予言を信じた毒父が娘たちに無理矢理やらせてたが、誰もマトモな音楽知識がなかったのでギター×2+ドラムの編成で謎のオリジナル曲しかやらない」アメリカのバンド 毒父が亡くなったので解放された娘たちが解散させたが、フランク・ザッパみたいな変なミュージシャンたちから再評価されて再結成ライブとかやってるらしい
すごい残念だけど、高市早苗のあの爆風みたいな好感度を下げるスキャンダルって、復興税がどうこうとか裏金とかより、イケメンと不倫密会してたとか、友人の子を裏口入学させてたとかだと思う。個人レベルの不正義があったときだよ。
もっとも、「できる者を限りなく伸ばす」ことにも失敗したわけだが。
この方針で、三十年教育を続けた結果、ネット動画で投票先を決める人が大量に出現し、総理もそのご機嫌取りをしなければならなくなったあたり、「魔法使いの弟子」というような言葉が、ふと頭に浮かぶ。
「つまり、できん者はできんままで結構。戦後五十年、落ちこぼれの底辺を上げることばかり注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張って行きます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養ってもらえばいいんです」
(教育審議会会長時代の三浦朱門の発言。2000年)
おれは山添拓という人のインテリジェンスが好きで日本共産党に投票しているところがあり(それは推し活に近いのではないかと言われれば言い訳はできない)
少子化について、絶対にクリティカルなことを言わないあたりもゲラゲラ笑ってしまう(賛同の意味)
答えはもう出ている、「国家が望む少子化対策と個人の尊厳尊重は相入れない」
だからこそ、「日本が好き(それは賃金であったり自由であったり理想であったりが好まれての)」な人が集う国にならなければならない、当然国籍などは度外視である
つまるところ移民国家になるのが国家の存続と人権の尊重の双方を達成するものと思っているので、その点でニヤニヤと賛同するのだった
投票所でNHKの出口調査をやってて「高市政権を支持する・支持しない・地獄の第五層《憤怒》」の3択だったので、うーん、あえていえば…これかな?と地獄の第五層《憤怒》を選んだ
高市早苗の発言の軽さは、思ってもいないことを有権者の人気取りのためにペラペラ約束できる口の軽い人物だから、という類のものではなく、一人で捏ね上げた考えを他人と練ることができないから、「私はちゃんと勉強していて、間違ったことは言ってない」という一種の信念のもとにとんでもないことを堂々と言い出すが、その発言が反論を浴びることには耐えられず「私は間違ってないのに」と他人のせいにして逃げ腰になるから…という風に私は見ているので、消費減税も人気取りのためのウソとは断じきれず、かなり個人的な本気が含まれているのではと思っている
むしろ怖いのは、○○ちゃんはウソついてない、ゴジラ飼ってるよと合唱する手合いが、わらわらと出てきたことですね。
まず何よりも、キミたちに必要なのは、人の心よりも、常識に基づいた判断力だと思うよ。
文章まで存在しない条文をつらつら書いてきたならそれはあからさまにハルシネーションを起こしている生成AIらしいミスですが、今回のミスは単に該当する項番の間違いと、違反を断言するものとその疑いを表明するものとの表現の混在で、これはかなり人間らしいミスに見えます 疑うのはいいと思いますが、こうした疑いを疑いのまま拡散して既成事実化するのは好ましくありませんね
ついにやりやがった、日本でも事例が出来てしまった…記事中には書かれていないが、恐らく生成AIに書かせたものをチェックしないで出したのだろうと推測。でないと「存在しない条文」など書くはずがない。もう少しこの件調査して欲しい。
だから文章でも、著作物で保護それていなくてもダメなんだよ、司法の信頼を失墜しかねない事態になるから。米国でとっくに起きてることなの。
だからあれだけやめてと言ったのに!!
しかも弁護士側じゃなくて裁判所…
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newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2...