ねむねむ。
ねむねむ。
無駄なのが無駄じゃないと思える人の心に宿る「美的感覚」がある。
博物館、美術館を閉館するとか
みんな、怒ってはる。
美は無駄であるから美しいわけで、そんなことはわかっているはずなのに、それをやめるなんて、国レベルでするなんて、なんて貧しくなったのだろう、日本の美しさを感じられなくなったのだろう…
#見た人も何か階段をあげる
こんな記事見て、悲しみが止まらないよ…
春に琵琶湖に帰ってくるなら、疏水の桜なんか見頃かもね。
味のわからんもんに、割烹の味の良さはわからん。どこ行ってもマクドがええなら好きにしたらよろしい。ああ、役人さんは、マクドの看板を見て「美しい」いわはるんやねぇ。
こういうの決めはる人というんは、えらい聡明な方ばっかりなんどすなぁ。さぞ芸術にも曹司が深いこととお見受けします。
国立博物館や美術館に収入目標、未達成なら閉館含め再編検討…30年度までに文化庁
www.yomiuri.co.jp/national/202...
こっち帰ってくるの?
ベッドで焚き火🔥
やっぱり人間の本性は悪なんじゃ…とか思っちゃう。
自分に教養が備わっているかは怪しいといつも疑うわけだけど、世の中に「自分には教養がある」と思っている教養のない人間が多すぎるというのはあると思います。
心の友はそういうのは上手くできていると思う。
人間とうまくやっていくの難しすぎる!
電卓の普段使わない機能を使いながら素早く計算する作業をすると、脳が破壊されて道具的理性という気持ちが大変よくわかった。
結局のところ、趣味と実益が兼ねられている仕事って天職だと思うわ…
多分人としては腐っているんだと思う。
弟もあれだけ原神に夢中になっていたのに、もう戦車ゲームしかやってない。
この前原神入れたんだけどミッションでいちいち移動があるのアホらしくてやめてしまった
「余計なものは入れない」というかつてのCMを思いついた。余計なものと決めつけて何もしない(できないかもしれない)人間がアイデンティティのクライシス的問題を抱えたまま長年負のアイデンティティが醸成される、自身の労働を商品とした「熟成」シリーズ。
かと言って助言に聞く耳持たないのに話しても結局「やらない」わけだから。本当に自己本位で…そういう人間が増えると職場もギスギスしてきますし、飲み会に参加して協調の姿勢も見られなければ、あまりそういう会で得られることも無い、となるとますます距離感が出てきます。
ここ最近はできるだけ全体を見ながら時間内に業務を終わらせるようにしていますが、近くのデスクにいる人は全体像が見えていない人が多く、そういう人の尻拭いをするのもまた後者なので大変にしんどいですね
最近ありとあらゆる職場で、「働き方改革を主張して仕事をしない人」がいる中で「しない仕事を肩代わりする人」もいて、前者の特徴としては仕事に対する全体が認知できていない場合が多く、後者はその視野の広さゆえに義務感を持って仕事を背負わざるを得ない諦念みたいなのがあって、業務量としては後者が圧倒的に多いが、そこに介在する「人間の倫理観や使命感」の乖離が凄いことになっている気がする。
24時間営業のスーパーこそ、究極のコンビニなんじゃないかと思い始めてきた。
今までみたいに頻繁にコンビニに寄らなくなりましたね。だから私の中ではコンビニはコンビニではなくなりました…
もともとそういう性格だったのだけど、大山さんみたいに、最近は持ち歩かなくても何とかなることに漸く気づくことができました。