during my stay at the japan, I accidentally sniffed a pillow that I wanted to become.
during my stay at the japan, I accidentally sniffed a pillow that I wanted to become.
ずっと前にお会いした同業者のかた(描く漫画が全部信じられないくらい面白い人)が、「ネームに取りかかって最初の8時間は絶対に何のアイデアも出ない。でも8時間机に向かって何のアイデアも出ずに苦しむ工程は絶対に省略できない」ということをおっしゃっていて、この話好きなのでたぶん何度もしてるんですけど、これは自分も本当にそうだと思うのでなんにも出ない時間はこの言葉を心の支えにしている。それはそれとしてもっとすんなり出てほしい。
obsidianの起動が遅くて実用できない、4000くらいメモがあるの何しても遅くなるのか
静的サイトホスティングサービスを使っている人が動的な操作をしたくなったときのためのデータベースのcdnサービス化、database as a serviceが成り立つのではないかと思った
はつね
ミクさんみくみく
ミクデー
応援歌、生活讃歌に属するメインストリームのJPOPの歌詞の内容があまりに実生活から離れて抽象的で観念的なことが不気味で当てつけに聞こえ嫌に感じていたことがあり、強さの表象としての抽象表現という図式を考えたことがあった。つまり、余裕があり具体的なことに拘泥しなくて良いというシグナリングのために抽象的な善を歌うというもの
官僚主義の復権を目指すべきだと思う
アマチュア文化を維持したものとして東方projectがあり、豊かな二次創作文化があるけれどもっと大きくなれた可能性を選ばなかったと思う、嫌儲親和的。やや商業寄りとしてボカロ文化とVtuber文化があり、サブカルの顔になったが生まれるはずだったアマチュア的創造性は別のところに逃げていると思う
軌道エレベーター描き方講座やりたいな
軌道エレベーターを描くというのはインフラを描くということ…高速道路を描けと言われて高速道路のある風景を描くことは容易だが「高速道路というインフラ」を描くにはまた違ったアプローチが必要…軌道エレベーターにも同じことが言えて…
儒学書とか読むとこういうことがたくさん書いてありそう
今の日本で社会福祉を軽視し科学技術や文化教育に資源を振り分けるのは、エリート主義の誹りを免れず、実際に政治的選択によって生活が悪化する人がたくさんいるので、公平な政策ではなくどんなに丁寧に論じてもポジショントークだから、そこで詭弁を弄して二重に理論を組むのをやめて、はっきりと国家主義として述べるべきだ。個人と国家のどちらが欠けても人は生きていけないから、個人主義と国家主義を恐ろしくも往復する視点を認めないと、国家主義が排外主義と結びつき、個人主義が利己主義と結びつく
政治的判断の文脈では、ある物事が大切であるか、意味があるか、享受する権利があるかという基準で測るのは良くなく、なぜならほとんどのものは大切であり意味があるから、そのような議論は実際には発言力の大小、現実の力関係を反映するものになると思うからで、資源は不足しており全てのべき論に答えられないという非倫理的な状態で、理想状態に至るまでに何が必要かという視点で物事を選択する必要があり、具体的には教育、文化、科学技術の予算より社会福祉が優越する現状は、健全な民主主義の防護装置が機能しているという面もあるけれど、それが最も非難が少なく倫理的に無難だという近衛政権的なビジョンのない破滅に見える
うう
無
ホッホッホ〜
𝐌𝐞𝐫𝐫𝐲 𝐂𝐡𝐫𝐢𝐬𝐭𝐦𝐚𝐬
機能に意味を持たせない、アフォーダンスを持たせない、反デザイン的であることが、汎用的で純粋なツールであるため必要だ。ある機能に無意識に意味を持たせる命名をしたりUIを与えたりすると、複数の機能を分解できない一つのものとして扱って拡張性を損なったり、用途が変わったときに名前がただのエイリアスになって二重三重に文脈が分裂して混乱を生む
市場原理的な芸術振興は、パラサイトなどを産んだ韓国政府の映画産業補助、サカナクションなどを産んだ札幌のバンド補助事業などの例がある
海外古典作品の企画展は社会寄与が大きいと思うし絶対減ってほしくないが、たとえ話
文化芸術に割く予算が減るなら、高額なレンタル費を払い海外古典作品の企画展をするよりは、地元の芸術大学や芸術家を紹介する企画展を行ったり、市民が参加できる開かれたイベントやスペースを用意するなど、小さな予算で社会寄与を大きくする工夫はできるはずだ。稼ぐ力を測るのは、予算のより無駄な使い方を競っているように見える。あるいは、芸術振興費のような意味で、市場原理の中で文化芸術の成長力を促進する役目を目指すのかもしれない、それは妥当だが補助金的視点だけでは元から存在する市場原理を加速するだけで、その外から新たな可能性を作れないから、ショートターミズムの隘路にはまると思う。芸術は市場原理の中でも外でも育つ
だから国や公共機関が博物館の合理化を行うときは、投資額に対する回収額ではなく、投資額に対する社会への寄与力を定量化すべき。前者では高額な入場料を求める会員制クラブが最適になり、後者は入場料が無料で文化人を多数輩出する場が最適解になる。公共セクターの文脈で投資として意味があるのは後者だ
博物館は公共の福祉であり、社会からどれだけ利益を集めたかではなく、社会にどれだけの豊かさをもたらしたかをKPIで語るのが順当
寄せ屋、静脈産業、丼池商法
#みかぶるめも
虚無
トランプさん全然モンロー主義じゃない
AIの書く言葉遣いだけ達者で主題になかなか辿り着かず前置きをだらだら書く文章がネットに溢れて文の価値が低くなりテキストは目的となる情報の該当箇所まで読み飛ばすのがデフォルトの行動になっている