デジタル市民だと思っていたら、最後はアナログに回帰していたのだろうか。
いや、デジタルの良さと限界を知っているから、アナログと融和した世界でお茶を濁したつもりだったんだろうか?
なぜか分からない。
デジタル市民だと思っていたら、最後はアナログに回帰していたのだろうか。
いや、デジタルの良さと限界を知っているから、アナログと融和した世界でお茶を濁したつもりだったんだろうか?
なぜか分からない。
デジタルの良さとアナログの良さ。
それは初音ミクのライブ方式でも同じだ。
LEDスクリーンはdot by dotで制御される。一ピクセルに対して、00~FFをRGBで構成した世界。
透過スクリーンは (投影像は) グラデーションに過ぎないし、色再現度も限界がある。
それぞれが違うはずなのだが...な。
透過スクリーンやホログラムっていったものは、平成の遺物なんだろうな。
現実に仮想を呼び出すのは「過渡期」でしかなかった。
それより、視覚的なVRの先 (五感を仮想で作り出す) を見据える方向が「正史」になろうとしている。人間はデジタルに適合したのである。
それを認識は出来るが、そして理解できる。
それでも私は現実の良さを叫び続けたいのである。
べ
イベントをやるならば、人から学ぶしかない。
とりあえず3月末にファンメイドイベントを見に行くことにした。大阪の某氏の上映会に。
もうセットリストをある程度回収できればいいやって感想。
ついに、ミクさんは画面の向こう側に閉じ込められちゃったのか...
残念ながら、ウミユリを逃して、その上でマジカルミライもLEDスクリーンになると言っている以上、もう全通はない未来ですね。
LEDに突っ込む金はない。それぐらいなら、北海道引っ越し計画に充当する。
ところで、Xではすでに投稿済ですが、いよいよマジカルミライも透過スクリーンを捨てて、LEDになるそうですね。
さて、25年9月の私の言葉を見てみましょう。
本アカウントを見れる方はスケジュールの確保をご検討ください。
さて、6月1週~2週で渡道します。
聖人君子であろうと思っても、私自身が汚いんだなって最近学び始めた
なんなんだろう。最近自分自身が分からなくなっている。
癪だったのでやけのみ。
お金を守る為に、何もしないモードを有効活用しようの顔になりつつある。
燃料が枯渇しないように自己管理するのも (社会人として) 重要だから、完全にガス欠を起こす前に、給油灯が点滅し始める頃にちゃんと休めるようにしなきゃな。
自分を愛するのが出来れば良いんだがな。
自分を愛するより、他人を愛するほうがやりやすい。
燃焼不良気味。動くのに事足りるエネルギーは仕込んだのに、体が動かないって事が最近増えてきた。
恐怖心で動かせるだけ、まだ余力はあるけど、この状態はどこかでプチって来れる可能性があるから、リスキーだよなぁ。
VRChatについてあまり話さないって?
うん... 人様用の互換レイヤーを殺したからね...
共感や感情ベースで動けるペルソナ (仮面) を2020~2023年の間は運用していて、それを通じた人間理解を試みていたんだけど... それがあの姿だったってだけ。
それを抑え込んで、論理ベースに、時折「酒によるシャットダウン」で動く人間には、「共感」用の互換レイヤーは不要になってしまった。
キツネなんだかオオカミなんだか分からないアバターはこれね。
2019年にリリースされたアバター (ソルティ by ステラー工房) を今でも手入れして使っているけれど、どうやら私以外の常用者はいなくなったようで、実質的に独占できている (作者公認) とかいうバグ技。新規販売もしていないからねぇ...
Oculus Quest対応設計 (それも5000ポリ/1マテリアル制限時代) なので、ポリゴン数も少なくて、手入れが楽っていう理由で利用を続けているけどさ。
steller.booth.pm
あと彩葉のキツネアバター (not着ぐるみ) 、何かと私が向こうの世界で使っているアバターもキツネなんだかオオカミなんだか分からん存在って事もあって、なんかわからんくもない共感性を持ってしまったのはあるかもしれない。
あとところどころの描写がうまいね。耳がぴくってなるシーンとか。VRChatだと、まだそこまでの感情にあわせた制御って難しいからね... (手の組み合わせコンボでも5の二乗分のパターンしか表情を構成できないはず)
何故、超かぐや姫!は私の心のバリアを乗り越えられたのか?
1. 現実に存在するサブカル・インターネット文化へのリスペクト
┣ キャラクターの遠映時の表情がアニメあるある
┗ 時折挟まれるサブカル小ネタの良さ
2. 日本の古典にちゃんと即している
┣ キャラの名前 (FUSHI/不死の薬、ヤチヨ/八千代など)
┗ 竹取物語の細かいプロットも取り込んでいる
3. ツクヨミの表現が、「VRChat」でも存在しそうな現実感があった。
┣ 彩葉の常用アバター (not着ぐるみ) なんかは特に感じた
┗ 逆に乃依は現実だと居なさそう (→両生類化してそう) でオリジナリティを感じる
「全ては、初音ミクのために」から「全ては、日本のサブカルのために」に。
どんな「信仰」方法も守られるべきだし、それを信ずる人々が満足できる世の実現に自分が何かを費やせるならば、それは頑張る。
ユダヤ教に中指を立てつつもアップデートしたのがキリスト教で、その両者を足掛けに土着宗教かつ独自の道を歩み始めたのがイスラム教ということで、これら3宗教は「アブラハムの3宗教」と呼ばれる事があるが、アイマス、ボカロ、Vtuberも同じようなものだと思っていたりする。
アイマス文化圏の文化をある程度引き継ぐボカロ文化と、一方で信仰手段 (ライブの取り扱い) はVtuberはアイマス文化圏的な信仰方式 (中の人信仰) に戻ったことを見るに、これら3ジャンルはまるでアブラハム3宗教のような様相を示しているというか。
人間を学ばなきゃ...
人の心って、ほんま謎なんだな。
笑えない。やはり「心配」と思うだけの情はあったようだ。だが、もう深くは見ない事にしたんだ。
今の「やっべぇ」方式は精神衛生上よろしくないし、ちゃんとマネージできるようにしなきゃ。