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第三回『幻想と怪奇』ショートショート・コンテストの二次選考通過してました。うれしい。
『伊藤典夫評論集成』は、比較に置いた太宰の『斜陽』が恐ろしく小さく見えるけど、野田昌宏の『銀河乞食軍団』のほうは大きく見える。
『ピアノを尋ねて』クオ・チャンシェン
良い小説だけどこれが広く読まれるタイプなのかと疑問に思ったが、台湾ではベストセラーということでそうか、と安心した。
一人称小説でありながら語り手が明確にならないままもう一人の主要人物の話が進み、そして突然語り手が姿を現す。「聴覚小説」というのは言い得て妙で、小説内では可能な限り音を出さない、無音であろうとしていて静かで、それ故に読者は音を求めようとしてしまう。技巧的なんだけどそうとは感じさせないのは予定調和にならないバランスの悪さがあるからなのだろう。
終盤にフジ子・ヘミングに対しての言及があって、なるほど世界での評価はそうなのかと納得した。
地方だとこんな感じですね。
S・A・コスビー『頬に哀しみを刻め』
LGBTQ+に絡んでいるので実にタイムリーな読書だった。息子を殺した犯人を捜して復讐するという筋書きなんだけど、その犯人像には引っかかりがあった。ちょっと何でもかんでも権力使って自分に都合の悪いことを消し去りすぎなんじゃないかと。
もっともそこはいずれ自滅していたかもしれないということで、自滅よりも先に主人公達が鉄槌を下した。ひさびさにすごいカタルシスを得られた小説なんだけど、同時に素直に肯定できないいびつさをはらんでいて、でもいびつさをそのまま形にしているから突き抜けた面白さがある。
Xでポストしたものがプチバズってしまって、それはいいんだけど、広まってくると対話するつもりもない否定的な意見も、数は少ないがくっついてくるようになった。
誤解しているものが大半で、そもそも誤解を訂正してやる必要性もないので返事などしないけれど、目に付くと嫌な気分にはなるよね。
今日の一冊
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『なにかが首のまわりに』
表題作は「きみ」という二人称で語られる物語だ。一人称でもなく三人称でもない、二人称という語りを選んでいるという時点で耳元で語られているかのような錯覚を覚える語りだが、ナイジェリアからアメリカにやってきた女性の物語、そして様々な人との出会いがありながらも孤独であるという事実が浮き彫りになる構図がより痛ましく感じられる。
どこの国でもありうる普遍的な悩みの語りの隙間にナイジェリアという国が抱え持つ問題が挟み込まれる。どの話も、ここではないどこかを求める物語だ。そして登場人物たちはそのどこかにたどり着くことはない。
本日の一冊
岸田今日子『一人乗り紙ひこうき』
童話をベースとした暗黒メルヘン。
「お兄ちゃま」
寝たきりになりながらも永遠の命を手に入れた男。彼を愛する妹は彼の世話をするが、年老いていく。彼女は物語の語り手に兄の世話を託す。語り手は永遠の男の世話を受け入れ、そして妹と同じく彼を愛してしまう。しかし彼女も老いていく。語り手の死後、彼の世話をするのは自分の娘であった。そそのことに気づいた語り手は娘に嫉妬する。